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2007.10.19

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Q.飴の由来について教えて下さい。

現在の飴は、穀類やいも類の澱粉を糖化して作った菓子です。和菓子でいう飴菓子には、麦芽糖飴・有平・求肥飴の3種類があります。『日本書記』には「神武天皇が東伐のおり倭国磯城及び高尾張の邑に八十梟(やそたける)と戦われたとき、多くの淡い壺を丹生川の川上に沈めて、天地神礼を祭って祈られた。『吾今八十平瓮(ひらがめ)を以て水無くして飴を作らむ。飴成らば吾必ず鋒刃(ほうじん)の威をかりずして、さながら天下を平げん。すなわち飴を作るに飴自ら成る』」これは「水無飴」といわれ、八十平瓮とは「浅い薄い台」ということで、壺の口を下に川に沈められました。そのとき川の魚がみな浮き上がったといいます。飴が麦芽によって多く作られるようになったのは江戸時代初期で、1615年大阪浪人平野甚左衛門の子陣九郎重政は、摂津国平野村に定住し飴製造を業としましたがのち江戸へ出て甚右衛門と改称し、浅草寺境内で飴を売りました。千歳飴と名付け、評判になりました。当時の飴は、もち米を蒸し、麦こうじの粉と冷水で甘酒のようにし、ろ過して練ったものでした。これを水飴、または湿飴(しるあめ)といいました。さらに練ってかたくしたものが堅飴または膠飴(しろあめ)でこれをふんだりして手を持って引合うこと度々、だんだん白色に変わってきたものを白飴といいます。「千歳飴」も白飴になります。

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