NEWS
お知らせ

TOP/お知らせ

1995.09.01

お知らせ

波里通信 第1号

1995年9月発行
– 目次 –
・まえがき
・年中行事の中の和菓子とその行事との歴史(第1回) 顧問 故 谷岡 美雄
 正月・2月
・図書紹介コーナー
 黒ゴマは制ガン不老の物質だった
・Let’sCooking
 お好みそうめん焼き
・食べ物の雑学
 梅干の効能
 お茶とくすり
◆まえがき◆


大変難しい題材をいただいたものと思います。私は京都西陣の真中に生まれ育ち、家業が西陣織屋という関係上子供の頃から菓子に対する考え方、取り組み方は普通の人と違った環境に来たと思います。それは菓子という言葉のなかに家業柄お客様に対する茶菓子、親戚やお客様からの手土産があった様に思います。そして現在菓子屋と称する業態は、当時上菓子屋、餅屋(まんじゅう屋)、飴屋、せんべい屋、門前菓子屋、駄菓子屋と分別されていたようです。            
 上菓子屋は、徳川時代からの伝統菓子舗で、現在北野天満宮に献上菓子を出している菓匠会の28軒位のものではかったかと思われます。勿論それを源として別家、のれん分けをされた同じ屋号の店はあります。ただ、上菓子屋はひっそりと頑なにその家業を守り、表通りには出さなかったのです。私の知っている限り近所の玉寿軒、虎屋位です。つまり、上菓子または生菓子は生きものゆえ、食べる時に最もおいしいように注文生産しかしなかったようです。
 私の家には、毎日菓子の見本箱を持った人が来て、翌日の注文を取っていました。お茶菓子は干菓子と生菓子を出すので、お客様は生菓子はその場で食べ、干菓子は半紙に包んで持って帰っていました。現在のように菓子舗か餅屋かわからなくなったのは戦後のことで、たかが40年位にしかなりません。このように、戦前・戦後の菓子屋のことを知り、育った者にとっては、年中行事とその歴史を簡単に記すことは非常に難しいことです。このことを承知の上で、一年の菓子のこととその歴史を記したことを了解の上で読んで下さい。

お問合せ
CONTACT

ご質問・ご不明な点がございましたら
お気軽にお問合せください。
受付時間 8:30~17:00(土・日・祝日は除く)

採用情報
RECRUIT

「自然の息吹を大切に」お客様の求める食品を
一緒に提供しませんか?